デス・オーバチュア
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超爆発の中から『柄の短い戦鎚』が飛び出すと、ベルフェゴールの持つ長杖の先端へと接続された。 「ふぅ……」 ベルフェゴールは小さく息を吐く。 「……ミョルニル(コレ)で倒せないのなら……わたしにはお手上げね……」 雷神の戦槌は彼女にとって最後の切り札だった。 これ以上の奥の手など用意していない……少なくとも『今』は……。 「…………」 シャリートが無言で地上へと落下していった。 意識を失っているのか、体を動かす力が残っていないのか、着地の体勢を取ろうともしない。 「……おおっと~」 頭から地面に激突する寸前、ベルゼブブがシャリートを抱きとめた。 「もう~、浮遊する魔力ぐらい残しておきなさいよ……本当に0まで使い切るなんて……馬鹿なんじゃないの~?」 ベルゼブブは自分の腕の中で眠るシャリートを眺めて微笑する。 彼女(シャリート)の打算の無さ、率直な激しさ、悪魔らしくない『清冽さ』が、ベルゼブブにはとても好ましく感じられた。 「……あ、やばぁ……」 黒ずくめの美女(ベルゼブブ)はポンッと心地よい音をたてて『自爆』する。 「あぁあぁ~、これで当分は『元の姿』には戻れないわねぇ~」 爆煙が晴れると、美女の姿は消失しており、代わりに黒い小妖精が浮遊していた。 「まあ、メリクリウスに魂(命)の蓄えを全部吐かせちゃったんだから仕方ないかぁ~」 黒い小妖精(ベルゼブブ)は、倒れているシャリートの額の上にちょこんと腰を下ろす。 シャリートはベルゼブブ変化の際に投げ出され、後頭部から地面に叩き付けられたのだが、一向に目を覚ます気配はなかった。 「青い炎は命の炎……儚き人の魂……セブンからの分け前は底をついたようだな、ベルゼブブ?」 「分け前じゃなくてお裾分けだよ、アスモデウス」 ベルゼブブはクスリと微笑うと、アスモデウスの元へと飛んでいく。 「なるほど、労働の報酬ではなく余り物の始末か……」 「そう、私は何もしていない~♪ 働かずに喰える……『ただめし』より美味しいものはこの世にないよね~♪」 「やれやれ、セブンにも困ったものだ……これではどちらが『暴食』か解らんな……」 アスモデウスはそう言って愉しげに口元を歪めた。 本来、暴食(大食らい)とはこの黒妖精の専売特許、司る罪、背負うべき業なのである。 「セブンの強制搾取のおかげで楽ができて本当に助かったよ~♪ 食っちゃ寝最高~♪」 「……ベルゼブブ……君、『怠惰』も司っていないか?」 「やだなぁ~、それはベルフェゴールの担当だよ~♪」 ベルゼブブはきゃははっと笑いながら、アスモデウスの周りをうざく飛び回った。 「表向きはその通りだ。だが……」 アスモデウスは上空へと視線を向ける。 ベルフェゴール、そしてマモンが地上(こちら)を見下ろしていた。 「今度こそ殺りました……わよね?」 「あっ、マモンが言っちゃいけない台詞を……」 『破ァッ!』 ゆっくりと収まろうとしていた爆発が、掛け声と共に内側から一気に消し飛ぶ。 「……まさに化け物だな……」 「だね~、まあ、彼も悪魔(わたし)達に言われたくないだろうけどさ~」 アスモデウスとベルゼブブの視線の先には、竜面の男(アドーナイオス)が居た。 アドーナイオスは五大悪魔の合体技の直撃をくらいながらも、両手剣の青刃を破壊されただけで、その体には傷一つ負っていない。 「ありえませんわ! あたくし達の超絶の合体技を受けて無傷なんて……」 「…………」 信じられない、認められない……いや、認めたくないといった感じのマモンとは対照的に、ベルフェゴールは冷静に事実を受け入れ、その先を見抜こうとしていた。 「闘気の質が変わっている……?」 アドーナイオスの全身を包み込む闘気の『色(質)』が爆発前とは明らかに違う。 限りなく白に近い透き通るような青色だったのだが、今では混じりっけのない白……完全なる白き闘気へと変質していたのだ。 「純度100%の神気!? そんなことは……」 そんなことは絶対にありえない。 力の比率が……血の純度がいきなり変わるなど……。 『……青釭よ、神の闘気を喰らい蘇れ!』 鍔と柄だけになっていた両手剣にアドーナイオスの闘気が収束し、新たな白刃を生み出した。 『青釭神気剣(せいこうしんきけん)!!!』 全長約280㎝の白刃の両手剣は、青刃だった時とは桁違いの圧倒的な存在感がある。 「神の闘気……神闘気? そうか、君は……」 『消えろ、悪魔共っ!』 言い切った瞬間、アドーナイオスはすでにアスモデウスの目前へと移動を終えていた。 白刃の両手剣がアスモデウスを両断せんと解き放たれる。 「疾(はや)っ……」 アスモデウスは、擬炎波刃(フランベルク)の防御が間に合わないこと、例え奇跡的に間に合ったとしてもフランベルクごと胴を真っ二つにされることを直感(確信)した。 それ程に、疾過ぎる間合い詰め、壮絶過ぎる一閃。 「アスモデウスゥゥッ~!」 悲鳴のようなベルゼブブの叫びが鼓膜を貫いた。 彼女もまた察したのだろう、アスモデウスは助からない……と。 「…………むっ?」 「…………あれぇ~?」 一秒、二秒……訪れるはずのない時間が訪れた。 二人の悪魔は閉じていた目を開ける。 アスモデウスは潔い諦めから、ベルゼブブは友の無惨な最後を直視しないため、無意識に瞳を閉じていたのだった。 「フッ、諦めが早すぎるな、アスモデウス」 開眼した二人の目に写ったのは、赤い神父服を纏った金髪赤眼の美青年。 「げぇ、ベリアルゥゥゥッ!?」 「何が『げぇ』だ……君は地上に毒されすぎだ、ベルゼブブ」 赤い悪魔(ベリアル)は呆れたように嘆息した。 彼は『アスモデウスのフランベルクを大きくしたような両手剣』を背中に回し、アドーナイオスの両手剣を受け止めている。 「そして、ぬるくなりすぎだ……悲鳴を上げて目を瞑るなど……見た目通りの『小娘』ではないか」 「うぅ~、それって小娘違いじゃないの~?」 「その通りだ。体のサイズではなく精神の未熟さのことだ」 『……何のつもりだ? 同志の付属品……』 アドーナイオスは怒りを噛み殺したような冷たく低い声で尋ねた。 「ほう、私の存在にまで気づいてくれていたとは嬉しい限りだ……我が悪魔達は遊戯(戦闘)に夢中で主(エレクトラ)の来訪にすら気づかなかったというのに……」 「…………」 黒い修道女エレクトラ・エトランゼはタナトスと皇牙の傍に無言で佇んでいる。 五匹の大悪魔達は誰一人、今の今まで彼女の存在を認識できていなかった。 「まあ、彼女の存在感の無さは特別だ……意識しなければ知覚でき……」 『そんなことはどうでもいい!』 アドーナイオスは両手剣を一度引き戻すと、再度ベリアルの背中へと叩きつける。 「Flamb、紅蓮撫手(フランベ、グレナデン)!」 波打つ剣刃が着火し弧を描いて、白刃の両手剣と激突した。 「真炎大波刃(フランベルジェ)……私の擬炎とは違う真なる炎……」 アスモデウスは感嘆するように『燃え盛る炎の剣』の名を呟く。 「ふん、それは君の玩具と比較区別するための名称だな。『私達』は己が炎をわざわざ真炎などとは称さんっ!」 『くっ……』 紅蓮撫手から紅色の炎が爆発的に噴き上がり、アドーナイオスを後退りさせた。 「フッ、こんなに炎(血)が騒ぐのは『今の姿』になって初めてだ……昂ぶる……昂ぶるぞぉぉっ!」 ベリアルの気分の昂揚(高揚)に呼応するかのように、紅蓮撫手の紅炎が猛り狂う。 「ベリアル!」 エレクトラの凛とした声がベリアルを一喝した。 「……おっと、私としたことが……彼のあまりにも強い神気にあてられてしまったようだ」 一喝の効果は絶大で、ベリアルは好戦的な猛りを消し、いつもの飄々とした態度へと戻る。 『……よく解った……悪魔共より先に消し去ってくれるぅっ!』 アドーナイオスの全身から白き闘気が爆発的な勢いで放出された。 「……完全に標的が私達に移ってしまったわね……」 「問題ない……君は本来の目的を済ませるといい……Couché(クシェ)!」 「くぅうっ!」 「きゃぁっ!」 「っぅぁ……!」 「あああぁっ!」 アスモデウスが片膝をつき、ベルゼブブが地面に吸い寄せられ、ベルフェゴールとマモンが天より落ちる。 「悪いが自由時間は終わりだ」 ベリアルを中心とした四方にそれぞれ、四匹の大悪魔が『強制的』に跪かされていた。 絶対的な支配。 四匹の大悪魔の『自由』など、ベリアルの意志一つで簡単に剥奪されてしまう儚いものに過ぎなかった。 『それならそれで丁度良い……纏めて消えろ! 天……』 アドーナイオスの全闘気が白刃の両手剣へと吸い込まれていく。 「反世界(アンチワールド)!」 ベリアルの一声で、世界が『反転』した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |